薩摩硫黄島〜桜島への旅(4)

桜島噴火ドーン!!


……という写真パネルの前で、屋久島野外活動総合センターの小原比呂志さんと2ショット!!


いよいよ最終日となってしまった今日、昼まで桜島ビジターセンターの福島大輔さんにガイドしてもらうよう、香奈さんがアレンジしてくれていました。


最終日ぐらい、少しは青空が見えてもいいんだけどなー♪と思うのは人間の勝手で、鹿児島県は変わらずに雨ザーザーです。

まずは、桜島ビジターセンターにてジオラマや映像、地層の模型などの展示物を用いて、福島さんが桜島の特性や魅力について語ってくださいました!


しかし、メモをトランクの中に入れてしまったため、記憶に頼るしかないので、とても全容はお伝えできません!

詳しい内容は

グローバルネイチャークラブのガイド日記

または

鈴木みきのとりあえず裏日記

がお伝えしていますよ!!(丸投げ)


私のわずかな記憶容量が記憶しているところによると、


・桜島は1つの火山ではなく、いくつかの火山が合体した複合火山。

・北岳と南岳があり、現在は南岳の山頂火口か、昭和火口が噴火している。

・もともとは錦江湾に浮かぶ火山活動でできた島だった。

・大正時代に大噴火があり、大量の溶岩が流れて大隅半島と陸続きになった。

・昭和には1946年に噴火があったが、爆発を伴わず、溶岩がじわじわと流れ出るような噴火だった。


この昭和の噴火について大変おもしろい話を聞きました。

桜島に住む人にとって噴火は日常であり、少々の噴火では慌てないらしいのですが、この昭和の噴火の時も、じわじわと溶岩を流し始めても人々は慌てなかったそうです。

当時の写真を見せてもらいましたが、石を拾ったり見物?している人など、溶岩のすぐ近くにいる人が写っていました。


なんでそんなことをしていたかというと、このときの溶岩はものすごくゆっくり流れてきた溶岩だったからで、3月9日に噴火して、溶岩の流れが止まるまで3ヶ月間あったそうです。


ある集落(すいません、失念)の人も、徐々に迫ってくる溶岩を見ながらも、ここまでは来ないだろうとそのまま生活していたのですが、超えないだろうと思っていたラインを超えたとき、さすがにこれはヤバいと思ったそうです。


で、何をしたかというと、家を解体して基礎ごと(ちょっとあいまい、基礎は残したんだったかな?)、別の地区へ持って行って、家を建て直したんだそうです。


……本当かいな……。


今日のハイライトではないですが、一番のビックリは、桜島の黒神という地区にある腹五社神社の鳥居。大正噴火の際は、噴煙が8000m(最近の話では1万6000mだそう)まであがり、カムチャッカまで到達した記録があるそうですが、そのときにこの神社に降り注いだ軽石はあっという間に2m積もって鳥居の上1mを残して足部分を埋めてしまったそうです。



今もこの姿が残っているのは、当時の町長さん(?)が、災害の遺構として後生に残すべきと考えたからだそうです。


桜島の人口は約5000人。鹿児島との間には24時間(24時間ですよ、24時間!鹿児島の繁華街でいくら飲んでも終電がない!!)フェリーが運航、料金は160円です。車を運ぶと1150円(大きさにより変わる)。所要時間は15分。通学も通勤もできますね。


こんな都会型の火山もあるんですね……。人の暮らしと火山がめっちゃ共存してますね。

桜島は今まで17回の大噴火をおこし、小さい規模の噴火だと、年間何百回も起こしているそうです。だから観測態勢も古くから整っているし、火口の2km以内には入山できないようになっています。危険なく、地球の息吹を感じられる火山と言えるでしょう。


結局、最後まで雲に覆われて全容を見ることはできなかったのですが、次に来ることがあれば、夜、噴火する桜島を見ながら焼酎を飲むというナイトツアーに参加したい!!




溶岩の上でポーズ!!

左から鈴木みきちゃん、私、小原比呂志さん、西谷香奈さん!!

とりあえず、ここで筆を置きますが……というか、PCを閉じますが、今回の旅の感想はまだ続きます。人の暮らしや、食べもの、出会ったおもしろい人について……。

書きたいことがいっぱいです。では今日はこれまで。