薩摩硫黄島への旅(2)

朝、9:30に鹿児島港を出港、定期船「フェリーみしま」出港、

大雨でした……。

おまけに、錦江湾の中から大荒れ……。

雨、風、そして波……。

もしかして、硫黄島に着岸できないのかもと思いながらの出港でした。

途中に寄った竹島は大雨。

竹島は名前の通り、竹(大名筍……めだけ)に全島が覆われた島ですが、いったい、島を覆っているのが竹なのか何なのか分からないぐらいの状態でしたが、どうにかこうにか!硫黄島に上陸できました。


しかし、大雨はずっと続き、三島村観光案内所の大町祐二さんに案内してもらい車で岬橋という集落や港を見下ろす場所に行ったときにもどんどろどんどろした雲が島の上部を覆い、硫黄岳も稲村岳も矢筈岳も何も見えない感じでした。この橋からは、本来なら口之永良部島も見えるという話だったのですが……。


しかし、その後、噴煙と硫黄が露出している、火口から1.5kmぐらい下の場所を見られる道にいるあたりからだんだんに雨脚も衰え、夢中になって写真を撮っている間中、雨もやみ、ほのかに日が差してさえ来たのです。


硫黄島は硫黄を産出して、10世紀末ぐらいから中国に輸出していたという歴史があります。

あらわになった硫黄のかたまりが三島村観光案内所にありましたが、薄いレモン色のようなきれいなイエローカラーをしています。

硫黄島の硫黄は純度が高く、輸出上も重宝されていた極上品とのことでした。


その硫黄の色があらわになって、今も噴煙が上がっている山肌を見ると、月並みですが地球は生きているなーと思わざるを得ません。


小笠原の硫黄島へは上陸したことはないのですが、硫黄島もまた、硫黄採掘を主産業にしていた時代があり、三島クルーズ(北硫黄、硫黄島、南硫黄を間近に船上から眺めることができるクルーズ)で見た擂鉢山の岩肌の感じと、薩摩硫黄島の硫黄だけの感じはとても似ている気がしました。


薩摩硫黄島は人口約115人。


この島にはジャンベスクールがあります。

ギニア出身の世界的なジャンベ奏者、ママディ・ケイタが『自分の出身と同じ小さな村の子どもたちと交流したい」という思いで硫黄島に訪れて以来、この島ではジャンベを演奏する人々が増え、今ではジャンベスクールが開設され、日本中からジャンベを学びたい人を受け入れる留学生制度を確立しています。

http://mishimamura.com/ech/348/


大雨の中、ダッシュで船から下りる私たちを、この留学生たち(全国から来た日本人です)がジャンベで歓迎してくれて、人が少ないと聞いていたけれど、若い活気を感じました。


ここには東温泉という海に面した露天温泉があり、Facebookなどでこの島に行ったことがある人たちから「ぜひこの温泉へ行くように!」とアドバイスされていたのですが、民宿で豪華なご飯を食べていたらまた大雨が降ってきて、民宿のお母さんに「やめておきなさい」と止められ、今だ到達せず……。

明日の朝に行く予定です。


今日の珍味

シーズン最後のたけのこ。小笠原でよくタケノコ取って食べたなあ。

焼いて出してもらって、塩をつけて食べたら……あまさに悶絶でした。


しかし、どこの島にいても頭のどこかで小笠原との類似点や違いを探している自分がいるなあと感じます。



東温泉ではない、坂本温泉というやはり海に面した温泉で。

西谷香奈さんと鈴木みきさんです。