小笠原は東北を忘れない(1)

写真はボラ仲間のFBからお借りしました。

 

写真はボラ仲間のFacebookからお借りしました。

これが「ゆめハウス」です。

 

震災後、私は宮城県牡鹿郡女川町の方々と縁ができ、支援を続けています。以前のブログ(http://ameblo.jp/ogasawarajikan)にも書きましたが、現地のある女性が始めた「全国から届いた古いTシャツを、現地の女性たちが布草履に編んで販売する」という動きと、その活動をすでに支援していた神奈川の人々との出会いにより、「Tシャツ文化の小笠原と、女川をつなげることはできないか?」と思ったのがきっかけでした。

 

この動きを始めたのは八木純子さん。女川生まれで、現在石巻にくらしています。震災直後から石巻、そして自分の生まれた場所である女川の人たちを元気にしたいと奔走し、上記にある古着Tシャツで布草履を作るという動きを展開していたのですが、今は、この動きからもうホップステップジャンプというか、驚くほどの展開を次々と広げ、変わらず布草履は女性たちの手により作り続けられつつも、今や「地域おこし」「地域づくり」を手がけるところまで動きが広がっています。

 

簡単に動きを紹介すると、

避難所で幼児を抱えたママたちの支援をスタート

ママたちが仮設に入るようになり、無気力からお風呂に入るのもためらう高齢者の支援をスタート

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高齢者、女性たちがとにかく仕事と収入を手にできるような動きを考える。何を手作りするかあれこれ考えたところ、Tシャツを集めれば仕入れ資金がいらないと思いつき、全国に古着Tシャツを送ってくれるよう働きかける。同時に、女性たちは仮設の集会所でTシャツから作るほかにはないオリジナルな形の布草履を編み出す。

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仮設に入っていない、在宅被災の人々が集って草履を編める場、また、地域の寄り合い所となる拠点の必要性を感じ、鷲神浜にコンテナを並べた「うみねこハウス」を作る。

津波で甘味処が無くなってしまった女川で楽しめる味として、さんまの形をしたたい焼きを作り販売し始める。

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うみねこハウスが道路拡張の場所にかかるため、女川町高白浜の生家で唯一津波から残った納屋を改装し、新しい拠点「ゆめハウス」を作る。

これは、単なる拠点ではなく、地域の産業起こしでもある試み。仕事をなくした男性たちが畑を開墾し、果樹園を始めた。

草履を作っていた女性たちは交代でランチとお茶の提供をスタート。今年、敷地内に加工場を作り、畑で取れたイチヂクなどを加工してお土産物なども作り始める予定。

地域の若手が加わった。ゆめハウスの裏方をしながら、同時に自分がこの女川・石巻でやってみたいことを展開していく予定。

花を育て販売する、また木工を手がけるなど、ゆめハウスが若い力が育つ場にもなっていく。

 

先ほど電話で一番新しい動きを聞いて、感動してしまいました。

最近、実感として前ほど世の中で東北支援という声が聞こえなくなった気がします。

最初はボラの手を借りてなんとかやっていけた動きは、そこにとどまっているとボラが少なくなった今、動きが止まってしまいます。

 

早くからこの点に気がついていた八木さんは、いち早く「ボラの手を借りながらも」地域で自立するための展開を考えて動いていたのだと思います。

 

私はいろいろな事情があり、それほどの回数現地に行けていません。でも、仲間の中には毎週のように女川に行っている人たちもいます。

 

3年経った今、それほどの回数現地に行くのは、「東北のために何かしたい」という気持ちはもちろんでしょうが、やはりそこに「自分たちの力が役立っている実感」と、「行って、一緒にワクワク、ドキドキできる魅力」があるからだと思うのです。

震災前には縁もゆかりもなかった地域が、大変な被害にあって、立ち上がろうとしている今、地域を作ることに参加できる、そしてそれを一緒に喜べるってすごいことだと思うのです。

 

さっき、八木さんと電話で話してそんなことを思いました。

八木さんの口癖は「どうやって楽しんでもらうか、自分も楽しむか、そればっかり考えてる」。

そうすると人が集ってくるし、昨日「こういうことしたいね」って語ったことが次の日実現したりするんだよ……と。

 

 

 

今年3月の「ボニンハートマーケット」(父島)で、話をする八木さん。

 

ところで小笠原は、3年経った今も東北のことを忘れていません。むしろ横浜や東京の人々より、強い思いを持っているように思います。

前のブログでも紹介した「ボニンハートマーケット」は、今後も継続し、毎年春分の日固定で行うことにしたそうです。

今年のボニンハートマーケットには八木さんが女川から出向いてくれて、また一つ絆ができました。

 

父島、母島の友人たちから「Tシャツ集ったから送るよ」という連絡が来るとき、私の「女川と小笠原をつなぎたい」という声に答えてくれた島の人々の気持ちに胸が熱くなります。限りなく感謝です。

そして、明日一番最近届いた小笠原からのTシャツで作られた布草履を販売します。久しぶりの販売会です。

 

どんどん新しい動きが広がっても、布草履は、今や社団法人となった「コミュニティスペースうみねこ」の、原点です。

これからも布草履はずっと作られ続けます。

 

この話を聞いて(読んで?)興味を持った方は明日、ぜひ以下のバザーにお越し下さい。

八木さんはいらっしゃいませんが、現地の情報をゆっくりお話しできます。そして小笠原と女川の思いがこもった布草履をぜひ手に取ってください。

 

 

 

アクセスなどはこちらへ。

http://www.seisen-h.ed.jp

 

★コミュニティスペースうみねこの最新情報(FBページタイトルは、以前の団体名ママサポーターズを使っています)

https://www.facebook.com/mamasupporters?fref=ts

 

ホームページ

http://onagawa-umineko.jp